2009年2月 4日 (水)

虚像も使うたれ!

虚像も使うたれ!
虚像も使うたれ!
2月になりました。

今月末
遂に〇5才になります(プロフィール見て逆算してね…笑)

四捨五入すれば丁度半世紀

ちょっと考えると
気の遠くなるような時間を生きて来たなぁ〜

平成生まれが既に社会人デビューした
この頃では
ちょっと想像がつきにくいくらい
アナログな時代を生きて来ました

僕が子供の頃
鏡川(高知市内を流れる川)沿いにバラック(トタンで出来たような家)がまだ
沢山あり

大きな台風がその家々を押し流してしまったり

帯屋町(高知市内のメインロード…最近はちょっと寂しいが)がまだ砂利道だったり

夕方
電気屋の前が
テレビを見る人だかりで
いっぱいだったり

信じ難いかも知れませんが…

僕が保育園〜中学生まで過ごした“百軒長屋”(住所で言うと追手筋、現在ひろめ市場の辺り)
ってところ

すぐ隣の駄菓子屋なんかは小学校3年位まで
50銭とかで
菓子を売ってくれた…

駄菓子屋の話は
僕より約一回り年上の
ダンススタジオの先生も「堀さんは本当は大正生まれなんやない?」と言って
全然、信じてくれませんでしたが…

本当なのは本当だからしょうがない!

何せ“三丁目の夕日”を地で行ってた時代
と言えば
想像が付くでしょうか?

昔話を始めるようになったら
年食った証拠ですねぇ…

前説が長くなりましたが
今日はブログやネットの話

GoogleやYahoo!で
堀麻夫で検索すると
約300から400件の記事が出てきます。

その殆どは
よさこいCDのものだったり
在籍するバンド関連のものだったり

だけど稀に
僕に付いて
熱く語ってくれてる記事にも遭遇する

勿論僕のブログも検索ワードに引っかかる(笑)

ブログの管理画面を見ると
様々なところから
僕を尋ねてくれてる。
北海道、富山、名古屋、広島、東京、神奈川、京都、山形…etc.

ありがとうございます

中には
「まだかー!曲は」と思いながら見てる方もいらっしゃるかとは思います(汗)

当然と言えば
当然ですけど

僕について語られている
そのほぼ全てはよさこい関連のもの

いやあ
なかなかこれがどうして
面白い…

最近読むことができなくなったけど
ある年のチームの事を
すごく感動的な文章にして下さってるものとか

僕と某有名作曲者との
何となく同じようなテイスト…と感じられてるものだとか

熱心なファンの方も中には
いらっしゃるようで
すごく聴いて下さってるな〜と
感心したりもします。

中には
あれ?…みたいなのも

勿論
今のような情報過多な時代に

僕がどのように受け止められ
どんな像が
一人歩きしようと
厭いません(*^-^)b

むしろ
様々な言葉で
沢山の人々に
語られ
記憶される人間になりたいと
思っています。

僕のブログも来頁数が1日一万件位を突破して

記事数も検索すると何万件も出てくるようになれば
一人前でしょうか?
そんな事を考える僕って
やっぱり自意識過剰で顕示欲が強いんですなぁ!

しかし皆さん
笑い事ではありませぬ

このバロメーターは
音楽で生きている
僕にとって
とても大切なもの

僕の事を
ブログや
コメントに書いて下さる方々
是非とも名前はフルネームで堀麻夫とお書き下さいっ!(笑)
21世紀のエンターテイナーを
皆さんの手で作って下さいっ!(やっぱり苦笑)

はぁ…
50前のおじさんの言う事か…

アイリーンフォーリーンのホームページ
リニューアルしました!

http://www.irein-f.com/

皆様是非覗いて下さい

ホームページに入ると

もう一つの僕の顔である
アイリーンフォーリーンの堀麻夫に出会えます!!

そして
2009〜2010年は
僕にとって
激動の年となるでしょう

具体的には
ここに
まだ書けませんが
もう一つ
新しい言葉で
違う言葉で
語られる自分を作る為

動き始めています。

乞うご期待!!

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2009年1月17日 (土)

2009年 はじめに

2009年 はじめに
2009年 はじめに
1日以来
初めてのブログ更新です
皆さん
今年もよろしくお付き合い下さい


現在

名古屋、と〇わトラックダウン
仙台、い〇はの舞台バージョン
そして富山
夢〇倶楽舞の修正を同時進行中です

年末…というか昨年11月から初めての休みを年明け5日に取って
今日が新年2回目の休養日
体も少々しんどくて
歌入れの予定をキャンセルさせて頂いて
無理やり休みました(ジャ〇リア〇さんごめんなさい)


僕の音楽を耳にする
その八割までが
何らかのかたちで[Dance]や[踊り]に関わっている人たちです。

なので
高知に帰り
DanceStudioで作曲を始めたその当初から
視覚というものに
こだわった作品作りをして来ました。

30代の頃はよく
「空気が動く」と形容したのですが

単に空気の動きを捉えるだけではなく
物語の奥行きをもっともっと
表現したくなって来ます。

風が吹いて
空の色が変わり

その時
音楽を聴く
この物語の主人公であるべき
リスナーが
何を感じる事が出来るか?

そこに物語を見いだして響振するには
音楽を聴く
その人そのもののバックボーンが必要になって来ますよね


勿論
自分自身にも
表したい風景と
その心象、バックボーンがなければ
何一つ伝えられませんけど…


音楽は
今や簡単に誰にでも作る事が出来ます。
コンピューターと
少しのスキルさえあれば

だけど

感情や経験
鍛錬や準備
そして表したいものが見えない楽曲は

ただ音をdisplayしてるだけのような
全くつまらないものに感じてしまいます。


最近の音楽を聴いてみると
技術的には凄いものの
何も感じられない曲が多いように思う

と言うよりも
感じる必要が無いのか?とまで思ってしまいます。

リスナーも音楽を育てられない
そんな事を求めていない
そういう時代なのかなぁ…?

そうすると
世の中に出てくるものは
どんどんつまらないものになって行ってしまいます。


音楽や
踊り
他にもたくさんあるけども

深く関わっているこの2つの世界に関して言えば

これで良い…と言う境地は
僕は存在しないように思っています。


今出来る
自分の最高到達点なら分かりますが…

技術は
その心を表すための支えのようなもの


最近はその技術だけを中途半端に習得して
「習うべき事がない」とか「私はもう〜さんを越えた」とか
恥ずかしい事を簡単に言う人たちがたくさんいますが

その人のバックボーンを知らず
血の出るような努力や
研究や鍛錬を積まず
ただ
教えられることを模倣して
どうして超える事が出来るのでしょうか?

同じ土俵で10年以上
まずは戦ってから言える事ではないでしょうか?

きちんとやっている人たちで
このようなセリフを言う人は
僕の知る限り一人としていませんけどね

若い時
(このセリフは少し歳をとった証拠ですね…)

誰でも
輝く瞬間があります。
何でも出来るような気持ちになります
その輝く時期を過ぎ
悩み、苦しみ
それを越える
そうして手に入れたものだけに
真の花が咲く
僕はそんな風に考えてます。


まれに
天才はいますよ

生まれつきOriginな人

僕もそうありたかった

でも違うから
努力を続けています。


世の中には
幾らでも
凄い人たちがたくさんいて
その人たちもどんどん深化して行く

技術も進歩して行く
だからこそ

もっともっと
心を磨こうと考えています。

目に写る
世界
僕を取り巻くもの
表したいものはたくさんあります

やりたい事
やるべき事
学ぶ事


自分がもう一歩
前に進めるように


ちょっと説教臭い2009の誓いでした

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2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

謹賀新年
あけましておめでとうございます

本年もどうか宜しくお願い致します。

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2008年12月30日 (火)

2008年の年の瀬

今回は
少し重めな話です

正直言えば

2008年はこんな年だったと

振り返る余裕は
今の僕には
まだ
ありません

今年のうちに
片付けなければならない
仕事や用事、約束事が
まだまだたくさんあります

作曲としては
年内最後の曲を作っています。

年明け早々に
各チームの歌録り
富山、山形の手入れを予定しています。

しかし
この一年
何なんでしょうか?
この不穏な空気…

健全とは言い難い
世界とその経済

昨日の深夜

ファンヒーターの灯油が切れたので

車で買いに出かけました。

スタンドに居た店員さんは
どう見ても60代

そういえば
先日
忘年会兼打ち上げへ行った帰り

乗ったタクシーの運転手さんは70代ぐらい
(しかも少し運転危なかった)


若い頃から
働きづめで
頑張って
家庭や社会に貢献し
子供たちにもやっと手とお金がかからなくなって
一山越えたと思ったら

そこから

まだ
身を粉にして
働かなければならない…
こんな時間帯に

そうしないと
食べて行けない

それって
そんな社会って
何なんだろ?

今に始まった事ではないのですが

また
今、一番
経済的な安定が必要な世代までもが
次々と職を失って行く

派遣で働いてた人は
住む場所まで
追われる

正社員さえ
リストラで
突然
仕事を失う

この数年前から
叫ばれている

改革って何なんでしょうか?


改革には
痛みも伴います…

痛みを感じない政治家が言ってましたね

60才を過ぎて
深夜の道路工事で
旗を振る

その侘びしさ
悲しみ
辛さを…

仕事にありつけた人はまだ
ましな方です


毎日
黒塗りの車でお迎えが来て
豪勢な酒食を口にする
馴れ合いと
言葉の枝葉とあげ足の取り合い

リーダーシップを
採る人の大半は代々
政治家でお坊ちゃま

そんな人々に
今、進行する
本当の危機を感じる事が
出来るのでしょうか?


明日が見えない人々の気持ちが
わかるのでしょうか?

そもそも
派遣労働者を
こんなにたくさん生み出した
政府の政策

何の強制力もない
労働基準法

自らの体力を温存するために
何十兆円の内部資産を抱えたまま
労働者の首を斬り始めた企業

どんどん
酷い世の中になって行く

弱者を
叩いて
袋叩きに叩きのめして

船が沈まないように
真っ暗な荒海に放り投げ
次は自分ではないか?と
疑心暗鬼になっている
そんな感じを受けます

リーマンショックから始まる
一連の世界的不況は
想定外の事態と
政府や企業側は言うでしょう

しかし
[有事]と言う言葉は
何も戦争や災害
そんな事に限った事ではなく
現在の状況も
有事とみなして
政府は迅速な対応をするべきでしょう

霞ヶ関や
国家の関係者の
ほぼ全ては
[持てる人々]なので
そういう感覚に
疎いのでしょうね


去年
ブログに
鬱になった時の事を少し書きましたが

あの頃

僕はとあるお店で
働いていました。

肩書きだけ
高い地位
従業員同士
疑い会い

能力と
成果としての数字だけ求められた

僕は長い髪を切り

数ヶ月その高い地位で
同僚(形だけ僕が上司)を叱りつけ
首を宣告したり

およそ僕らしくない
殺伐とした
日々を送っていました


ある日
目が覚めたら
周りの景色が
黄色く見えた

人の話し声が
何倍にも大きく聞こえて
息苦しく
動悸が止まらなくなった

親しい友人が
電話をかけて来ても
まともに話す事が出来ない

出勤せず
部屋のカーテンを締め
何日も何日も
布団にくるまって
電気も付けず
過ごした。


周りの理解や協力もあって
幸いにも
数週間でそんな状態から
抜け出す事が出来たのですが…

その時期に
様々な人の
信頼を裏切ってしまいました。


朝9時ぐらいに出勤して
ラストまで
長い時は15時間

体力も
精神も
カサカサになるくらい働いて
他人を蹴落とし
その上
月給は15万にもならない

この店で
働いていた時に
受けた
経済的なダメージを
未だに引きずっています

そして
何より
僕が
他人に対して
ダメージを与える側に居たと言う事


もし
あのまま
あの仕事を
僕が続けていたなら
僕は
あとどれだけの人を傷つけ
その職を奪ったでしょう?

まともな神経で
立って居られるとは
とても思えません。

これから
あの時の僕のような人々が
どれだけ生まれて来るだろう?

この年の瀬に
どれだけの人々が
その職を
失うでしょう?


願わくば
新しい年が始まると共に

世界中に
等しく
希望と
再生の光が見えますように

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2008年12月24日 (水)

舞台


舞台
舞台
舞台の幕は上がり

そして降りた

一時間と少しのステージ
その中の
たった5分くらいの瞬間

そこに立つために
相方チンドンさんと
数々の練習をこなして来ました。

指導してくださった
谷岡先生を始め
暖かく見守ってくださった森先生

ありがとうございました
そして舞台スタッフの皆様
お疲れ様でした
お世話になりました
急にお願いしたのにもかかわらず
快く
メイクを引き受けてくださった
ケイ先生も

本当に感謝です

曲選びから
編集、作曲
最終的には舞台の上へと

半年間の
ひとつの旅が
終わりました

さて

後は作曲あるのみ!!

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2008年12月 3日 (水)

師走

師走

師走
師走
先月末
高知よさこいライオンズのお招きにより
城西舘でのCharity Partyで歌ってまいりました

関係者、及び
ご来場の皆さん
ありがとうございました

翌日は高知Bay5squareでリハーサル兼プロモ用撮影

17〜23時の長丁場
皆様お疲れ様でした。
と、言う訳で
あっという間の12月水槽の亀吉も半冬眠状態

去年末から
今年にかけて
大きな動きとしては

アイリーンフォーリーンのレコーディング、
そしてLIVE、CD発売と

よさこいでは
旭食品の作曲と祭りへの参加

その他もろもろ
何だか
ずーっと走ってる感じ

来年は
もう少しクレバーに仕事して
自分の時間を持ちたいなあ〜
などと考えてます(無理か?)

去年の今の時期のブログを読んでみると
ちょうど大阪に打ち合わせで行ってたり
ピーターガブリエルのCD聴いて感動したり

なかなか振り返ってみるのも
面白いですね

そしてこの年末
まだまだ走ります
作曲では
年内仕上げが4曲ほどで
内、一曲は昔大丸に作った曲の再アレンジ(東京のチーム)

今ちょうど6割位のフルオーケストラの曲、(名古屋、ときわ)

城之崎温泉(湯上がり美人参上!)

福島県の魂福(2年振り!)

前は
この城之崎温泉が
一年のスタートでした

ちょっと僕らしくない
楽しい系の曲を毎年書いてましたね

僕らしくないは語弊があるのですが
だいたい
暗〜い曲が多いから
ちょうど毒抜きみたいな感じで一年を占いながら作ります。

しかし

この2年位は
作曲の切れ目がないし
僕の中で
マイナー系の曲と
メジャー系の曲が
ひとつに溶けつつあります。

成長して行ってるって事かな?

そして
今年最後のイベントとして
バイレコラソンの発表会が控えています。

これぞ
本当に経験した事のない
[チンドン屋さん]
凡そ僕らしくない演出

何だかニヤニヤしてしまいます

作曲でも同じように
そのらしくないとこに
楽しみが隠れているのです。

多分
堀麻夫は
こんな曲
書かないだろう?
と言う曲を書く時こそ
えもいわれぬ快楽を感じているのです。
フフフ(-_☆)

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2008年11月24日 (月)

振動する

振動する
振動する
振動する
振動する
最近特にしてみたい事

クラシック曲のコピー(ワーグナーやチャイコフスキー、ストラビンスキー等)

一年位作曲をお休みして
ゆっくりコピーしてみたいですねぇ

先立つものがなければ無理ですが…(笑)

昨日11月23日は
四国舞台テレビ照明にて、

Baile Corazon(バックナンバー参照)の発表会総合練習があった。


チンドン屋さんも
なかなか深く
楽しい
今日は相方がお休みで
谷岡先生が代役を務めて下さいました


前にも書いたように
この頃
ちょっとした気づきがあって

バンドで歌う事も
作曲する事も
対して変わらないと感じるようになりました。

楽しめてるって事かな?

真剣に捉え
やる分だけ
木霊のように
必ず結果が帰って来るんです


舞台に立つ
ということに於いては
チンドン屋さんも
同じ

そこに立つ
自分が

何かを放たなければ意味がない

適当に
なやしているのなら
舞台に立つ事自体を
止めた方がましだと思うのです。


舞台の音楽など
dance業界に関わるようになって10年を越えました

自分が出来る事に
まだまだ限界を感じる事は無いけど

今のスピードじゃ駄目だと思っています。
(作曲も勿論ですがスキルと立ち位置ですね)


この10年で
僕が見てきたものは
まだ
ほんの入り口

今までより
3倍のスピードと
努力を
課さなければ

自分自身のイメージに
到達する事が出来ないように思えます。

僕が
音楽をやって居なくても
世間的には
誰も困らない

けど
僕が音楽を書くことによって
喜んで下さる人々が
増えていけば
幸せです。

写真は5月にアイリーンフォーリーンのレコーディングに行った時
安岡氏と散歩した公園の大きな木

昨日のゲネプロ風景

やっと新しくなったヘッドホン


冬支度を前にシンボルツリーのシマトネリコを自分の部屋に入れたの図です

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2008年11月13日 (木)

アイリーンフォーリーンのNew album

アイリーンフォーリーンのNew album
アイリーンフォーリーンのNew album
今月7日にアイリーンフォーリーンのnewalbum Big!Bang!!Boom!!!が発売になりました。

皆さん
レコード店さん(死語 ...)にはもう走っていただけましたか?

まだの方は
財布に3000円確認して
すぐレコード店(CDショツプ)に走りましょう(*^-^)b

もちろん
Amazonなどネットでも注文する事が出来ます(^O^)/

(アイリーンのブログよりは混乱をさけるため訂正デス ごめんなさい)

さて今回の試聴は僕のボーカル曲を聴いてください

は-い ここまで

続きはCDショツプに走ってね(^-^)

はいはい

痩せますよ   ロッカ-は痩せるべし

ほんとは発売日当日
どど〜んと
ブログを更新する予定でしたが…

何という忙しさ!
よさこい作曲やら
ローカルテレビ出演から
舞台打ち合わせ&練習やら…

東京から帰ってまともに眠ってなかったですぅ

関係者の皆さん(特にバンドリーダー&メンバー)
ごめんなさい
平に…

しかし

何だか病気以来(バックナンバー病を養う参照)
まともに休んでないような気がする

本来
怠け者の僕なのに
一日中
寝てたいような気がします。

前向きで
怠け者な僕
簡単に言えば楽天家ですね

そんな感じで
まだまだ忙し毎日

久しぶりに親友の顔が見たくなりました。
暇を見つけて
会いに行こうと思います。

以下暗号文

「あしよよ…あし」(*^ー^)ノ

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2008年11月 3日 (月)

眠い…

飛行機疲れか…
なかなかカラダが動きませんヾ( ´ー`)
頑張らねば

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告白

告白
告白
告白
いや〜LIVE終わっちゃいました

楽しかった
ほんま久しぶりに
歌う事が楽しいと感じる事が出来ました。
また会いたいね
東京


しかし!
今回のLIVEの前後には
僕に取って
恐怖の一大イベント
〔航空機での移動〕がありました。
前のブログでも
チラッと書いたけど
実は高いところが
超苦手です

大丈夫だー
とわかっていても
離陸の瞬間
口から心臓が飛び出るぐらい緊張します。

普段あまり汗をかかない僕が
足から頭のてっぺんまで全身“冷や汗”
勿論両手は何かを握りしめてなければなりません!

滑走路で飛行機がスピードを上げる刹那心が叫びます
「降ろしてくれ〜」
バンドのメンバーは僕から見れば
「こいつら同じ人間か?」と思えるぐらい平然としています。

僕の頭の中は恐怖の妄想でグルグルになっています。

足に伝わるささやかな飛行機の振動、音も聞き逃しません!
顔面蒼白
呼吸混乱
心拍数上昇
血圧上昇
ありとあらゆるカラダの変化が僕を襲います…


ベルト着用のサインが消え
自由に歩けるようになっても
当然
腹部はベルトでしっかり固定!

右手は雑誌
左手は前の座席の後ろをしっかりと握りしめています…


僕のあまりの形相を心配し
キャビンアテンダント(以下CA)が真っ先に僕のところにやって来ます。(今回に限った事じゃなく飛行機に乗る度です…)


CA「もう少ししたらお飲み物のサービスが始まりますが、先に何かお持ちしましょうか?」

僕「あ、ありがとうございます、もう少し待ちます」

しかし口の中はカラカラ
吐き気さえしています

昔は飛行機の中でもタバコが吸えたので多少は気を紛らわす事も出来たのですが…

機内の中では子供の笑い声が響いています。
「くそ〜!あんな子供でも平気なんや!俺もこんなもん、どうってこたぁないぜよ!」

しかし飛行機が少し揺れるだけで
その気持ちもすぐ萎えてしまいます

約1時間10分のフライト
前方のモニターに滑走路が映し出され
窓から見える景色が近くなると少しずつ落ち着いて来ます。
最後の難関
着陸の瞬間
僕の頭の中には
ファンファーレと
操縦士さんを讃える歌が鳴り響きます。

そして急に態度のデカい人間に変わります(笑)


しかし
飛行中に全身の力を使い果たし
何だか歩き方までぎこちなくなってしまいました。

僕にとっては約20年振りの飛行機
母親の葬儀以来です

空港に着くと
メジャーレーベル在籍中に
ロードマネジメントを担当してくれていた石田君がLIVEのお手伝いを買って出てくれて

わざわざ栃木県から車で僕達を
迎えに来てくれていました

ありがとう
(ピンぼけ写真でごめんよ)

結果的には
LIVEは
出来、不出来より
とても楽しい時間でした

遠くから
近くから
見に来ていただいた皆さん
本当にありがとう

そして
西込のかくちゃんを始め
東京時代の仲間
僕の弟、泉
久しぶりに美味しいお酒を飲みました


また来るね

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